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東京地方裁判所 平成5年(ワ)23887号 判決

A事件原告・B事件被告

山田隆之

船橋進

浅井克子

内田健司

内田正彦

右五名訴訟代理人弁護士

岡田宰

右訴訟復代理人弁護士

戸塚晃

A事件被告・B事件原告

株式会社日新コーポラス

右代表者代表取締役

塩見寛道

右訴訟代理人弁護士

石橋護

主文

一  A事件について

1  被告は、原告山田隆之、原告船橋進及び原告浅井克子に対し、それぞれ金一二万円、原告内田健司及び原告内田正彦に対し、それぞれ金一五万円並びにこれらに対する平成五年一一月一七日から支払い済みまで年五分の割合による金銭を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

二  B事件について

原告の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はA、B事件を通じてこれを三分し、その二をA事件被告・B事件原告の負担とし、その余をA事件原告・B事件被告らの負担とする。

四  この判決はA事件原告らの勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  A事件

被告は、原告らに対し、それぞれ金一〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月一七日から支払い済みまで年五分の割合による金銭を支払え。

二  B事件

1  被告らは、原告に対し、別紙目録一記載の土地から湧出する温泉を使用してはならない。

2  被告山田隆之は、別紙目録二1記載の土地内にある別紙第一図面イ所在の制水弁に接続する受湯管(塩化ビニール管で直径約2.5センチメートル)を本管との接続部分で切断して切り離せ。

3  被告船橋進は、別紙目録二2記載の土地内にある別紙第一図面ロ所在の制水弁に接続する受湯管(塩化ビニール管で直径約2.5センチメートル)を本管との接続部分で切断して切り離せ。

4  被告浅井克子は、別紙目録二3記載の土地内にある別紙第一図面ニ所在の制水弁に接続する受湯管(亜鉛鉄管で直径約2.5センチメートル)を右ニ左の×印で切断して切り離せ。

5  被告内田健司及び被告内田正彦は、静岡県賀茂郡東伊豆町大川字長ミヨ一〇二四番一の東側道路側構内を通る給湯本管と引湯管の接続部分である別紙第二図面へ所在の制水弁に接続して同所一〇五五番二三所在の別紙第二図面ト所在の制水弁に接続する受湯管(亜鉛鉄管で直径約2.5センチメートル)を別紙第二図面ト上の×印で切断して切り離せ。被告内田健司及び被告内田正彦は、貯湯タンクから静岡県賀茂郡東伊豆町大川字長ミヨ一〇五五番二三所在の別紙第二図面チ所在の制水弁までの引湯管に接続した受湯管(亜鉛鉄管で直径約2.5センチメートル)を別紙第二図面チ下の×印で切断して切り離せ。

第二  事案の概要

本件は、A事件は、原告らが別紙目録一記載の土地(以下「本件鉱泉地」という)から温泉の供給を受けることができる権利(以下「受湯権」という)を有しているのに、被告によって一方的に温泉の供給を停止させられたとして、不法行為による損害賠償を請求し、B事件は、被告が原告らに対して、無断で温泉を使用しているとして、所有権に基づき、温泉使用禁止と受湯管の温泉供給設備からの切断を請求した事案である。

なお、当事者は次のように略称する。

A事件原告・B事件被告山田隆之→原告山田

A事件原告・B事件被告船橋進→原告船橋

A事件原告・B事件被告浅井克子→原告浅井

A事件原告・B事件被告内田健司→原告健司

A事件原告・B事件被告内田正彦→原告正彦

A事件被告・B事件原告株式会社日新コーポラス→被告

二 争いのない事実

1  原告山田は、別紙目録二1記載の不動産、原告船橋は、別紙目録二2記載の不動産、原告浅井は、別紙目録二3記載の不動産をそれぞれ所有している。原告健司は、別紙目録二4記載の不動産において会社保養施設を経営し、原告正彦は、別紙目録二5記載の不動産において民宿旅館を経営している。

2  被告は、本件鉱泉地の共有持分権を有しており、昭和四七年ころから、通称熱川ハイランド別荘地を分譲し、分譲地に本件鉱泉地から温泉を供給していた。別紙目録二1から3記載の土地は、被告が分譲した土地であり、別紙目録二4及び5の土地は、本件鉱泉地から温泉の供給を受けている土地である。

3  昭和五五年ころ、本件鉱泉地の共有者又は本件鉱泉地から温泉の供給を受けていた者らによって、温泉と水を守る会(その後、大川温水会と名称変更、以下「温水会」という)が結成された。

4  平成五年六月、被告は、原告らに対し、被告に無断で温泉の供給を受けているとして、受湯権を取得するよう要求したが、原告らは温水会から受湯権を取得しているとして、これを拒否した。すると、被告は、平成五年八月六日、原告らが受湯している受湯管の制水弁に鍵付チェーンをまいて固定し、原告らが本件鉱泉地から温泉の供給を受けられないようにした。これに対し、原告らは、被告を相手として、温泉使用妨害禁止等の仮処分を申請したが、平成五年一〇月一五日までの間、温泉の供給を受けることができなかった。

三 原告らの主張

1  被告は、昭和五五年から五六年にかけて、経営不振により温泉供給設備の維持管理をすることが困難になったため、温水会に対し、温泉供給設備の維持管理・温泉使用料の徴収・受湯権の設定・受湯権の更新及び代金の取得等の温泉供給に関する一切の事項を委任した。仮にそうでないとしても、被告が当初の分譲地購入者との間で締結していた温泉供給規定の第五条には、被告は温泉供給に関して代行機関を設置することができ、その場合には代行機関が被告の一切の権利義務を承継する旨が定められているが、被告は、代行機関として温水会を設置した。仮にそうでないとしても、被告の事業休止による委任契約の終了により、温水会は事務管理として温泉供給に関する一切の事務を管理するようになった。

なお、温水会は、会則が制定され、総会の開催により管理者が選任され、かつ独自の財産も有しているから、権利能力なき社団といえる。したがって、温水会は、受湯権の設定及び更新を行う権限を取得したといえる。

2  原告山田は、平成三年二月ころ、原告船橋は、平成二年一二月ころ、原告浅井は、平成二年一二月ころ、それぞれ温水会との間で、温水供給契約を締結して、受湯権を取得した。原告健司及び原告正彦は、平成二年八月二二日、温水会との間で受湯権更新契約を締結し、受湯権を引き続いて取得した。

3  仮に、温水会が受湯権の設定及び更新を行う権限を有していなかったとしても、温水会は、受湯権者が支払う保証金の管理・温泉使用料の徴収及びこれらの支出の権限を被告から委任されていた。温水会は、その会則の中では、受湯権の設定及び更新を行うことも会の業務として規定しており、分譲地内の各所に、温水会との間で受湯権の設定及び更新をしなければ本件鉱泉地からの温泉供給を受けることはできない旨の看板を設置し、現実に分譲地購入者との間で受湯権の設定及び更新契約を締結していた。被告は、温水会が受湯権の設定及び更新を行っていることを知りながら、これを放置していた。

原告らは、右のような事情から、温水会が受湯権の設定及び更新を行う権限があると信じ、温水会との間で受湯権の設定及び更新契約を締結したのであるから、民法一〇九条、一一〇条の表見代理の規定により、原告らは受湯権を取得したといえる。なお、温水会は被告の代理人であることを明示して契約したわけではないが、原告らは温水会の会則を見ることによって、温水会が被告のためにしていることを知ることはできたから、民法一〇〇条但書により被告との間で効果が生じることになる。

4  また、右事情は被告が虚偽の外観作出を黙認していたといえるから、民法九四条二項の類推適用により、原告らは受湯権を取得したといえる。

5  原告山田、原告船橋及び原告浅井は、温泉を浴用及び飲用として利用しており、原告健司及び原告正彦は、温泉を客のための浴用として利用していたが、被告が温泉の供給を実力で停止したことにより、原告らは人格権、生活権を侵害され、原告健司及び原告正彦は営業権も侵害された。これらの損害は原告一人につき一〇〇万円とするのが相当である。

6  仮に右3、4の主張が認められないとしても、被告らの温泉使用差止め等の請求は、右事情からして権利の濫用又は信義則により許されない。

四 被告の主張

1  被告は、昭和五五年ころ、温水会に対し、温泉使用料の徴収及びその範囲内での温泉供給設備の維持管理を委任したにすぎず、受湯権の設定及び更新を行う権限は委任していない。したがって、原告らが温水会との間で受湯権の設定及び更新契約を締結したとしても、受湯権を取得することはない。

2  仮に、原告らの受湯権の取得が認められるとしても、原告らは、平成五年一〇月九日、温水会から受湯権の設定及び更新代金の返還を受けているから、受湯権は既に消滅している。

五 本件の争点は、次のとおりである。

1  温水会が受湯権の設定及び更新を行う権限を有していたか。

2  表見代理又は民法九四条二項の類推適用による原告らの受湯権の取得が認められるか。

3  原告らが温水会から受湯権の設定及び更新代金の返還を受けたことにより、受湯権を喪失したといえるか。

4  被告の請求の権利濫用又は信義則違反の有無

第三  争点に対する判断

一  温水会が受湯権の設定及び更新を行う権限を有していたかどうかについて判断する。

1  〈証拠略〉によれば、以下の事実が認められる。

通称熱川ハイランド別荘地においては、当初は、被告が分譲地購入者との間で、売買の際に温泉供給契約を締結しており、その基本的内容は、①期間一〇年間の契約とし、②受湯権を得ようとする者は、被告に対し、契約時に保証金を支払い、かつ毎月温泉使用料を支払う、③被告は、受湯権者に対して一定量の温泉を供給し、温泉供給設備の維持管理を行う、というものである。

ところが、昭和五四年ころから、被告による温泉の供給が停止する事態が発生し、被告の経営状態が悪化したため、受湯権者らが被告を信用せず温泉使用料の支払いをしなくなったため、受湯権者らの自主的団体として温水会を組織した。そして、被告と温水会との間で、昭和五五年七月一〇日、次のような内容の覚書を作成した。

① 被告は、受湯権者との契約による念書を温水会に預託し、一〇年後の契約更新の際の保証金は全て温泉供給設備の維持管理費に充当する。

② 昭和五五年七月一〇日以後に、新たに受湯権を設定しようとする者は、全て温水会に入会するものとし、入会金三〇万円を温水会に納付する。

③ 温泉使用料は温水会が徴収し、温泉供給設備の維持管理費に充当する。

しかし、温水会の主たる収入が温泉使用料だけであったのに対し、その後温泉をくみ上げる揚湯管の落下等の基本設備の修理に多額の費用がかかることになり、被告はその費用を負担することができなかったため、温水会と被告とが協議した結果、受湯権を五年間延長することにして、その分の保証金を先に支払ってもらうことや、本件源泉地の持分も一部売却する方法が合意された。その後、被告とは連絡がつかなくなり、被告が温泉供給基本設備の管理を放置したため、以後は温水会が温泉供給設備の一切の維持管理を行い、それら費用を負担し、受湯権の設定及び更新を行って、それらによる収入を維持管理費用に充当していた。年月の経過とともに、温泉供給設備の老朽化が進んで、設備を取り替えた部分が多く、配管設備については温水会が全て取り替えている。

2  右事実によれば、被告が温水会に対して委任した事項は限られており、受湯権の設定及び更新を行う権限を委任したとは認められない。〈証拠略〉によれば、温水会の当初会則においては、「受湯権の交渉及び切替時の交渉、金銭の受渡」が事業内容の一つとして規定され、受湯権の代金や更新時の代金の規定はなく、平成元年当時の会則においては、「受湯権の譲渡及び切替事務の処理」が事業内容の一つとして規定され、受湯権の代金及び更新時の代金も規定されていることが認められる。この会則の内容の変遷からみても、温水会は途中から受湯権の設定及び更新を行うようになったことが推認される。

また、〈証拠略〉によれば、被告が当初の分譲地購入者との間で締結していた温泉供給規定の第五条には、被告は温泉供給に関して代行機関を設置することができ、その場合には代行機関が被告の一切の権利義務を承継する旨が定められていることが認められるが、被告は温水会に対して温泉供給に関する一切の事務を委任したわけではないから、温水会が代行機関にあたると認めることもできない。

3  右事実によれば、温水会は被告から温泉使用料の徴収や設備維持管理等の権限を委任された後、被告との連絡が途絶えたため、事実上右準委任関係が消滅し、その後は、温水会が権限なくして温泉供給設備の一切の管理を行うようになったと認められる。被告代表者は、被告も管理を行ってきた旨供述しているが、具体的内容が不明確であって、採用できない。

温水会の行為が被告に対する事務管理となるためには、被告のために不利でないこと又は被告の意思に反することが明らかでないことが必要である。ところで、〈証拠略〉によれば、本件源泉地周辺には、この地域で温泉及び水の供給を受けるには温水会との間で権利を取得しなければならない旨の看板がいくつも建てられ、被告代表者もそれを認識しながら、長期間にわたり温水会に抗議しなかったことが認められ、かつ被告が温水会との間で何らの連絡もとらなかったことは既に認定したとおりである。被告代表者は、右看板は温水会が受湯権の設定及び更新を行っている趣旨とは思わなかった旨供述するが、看板の記載からそのようにみるのは不自然であり、信用できない。また、被告は本来温泉を供給すべき義務を負っており、これを怠れば受湯権者から債務不履行責任を追及される立場にあったことも考慮すると、温水会の行為は被告のために不利でないといえ、被告の意思に反することが明らかであるともいえない。したがって、温水会の行為は被告との関係において事務管理になると解すべきである。

なお、〈証拠略〉によれば、温水会は代表の方法、総会の運営、財産の管理等の点が確定していると認められるから、権利能力なき社団といえる。

4  〈証拠略〉によれば、温水会と原告らとの間で、原告ら主張の受湯権の設定及び更新契約が締結されたことが認められる。しかし、温水会と原告らとの間で行われた契約は、温水会が事務管理として行った行為であるから、被告にその効果が直ちに帰属するものではない。被告と温水会との間で、事務管理終了による清算が行われて、被告がそれを引き継いだときに、初めて被告に効果が帰属するものであるが、その清算が行われたことを認めるに足りる証拠はない。

5  したがって、現段階においては、原告らが被告との関係において受湯権を取得したとは認められない。

二  表見代理又は民法九四条二項の類推適用による原告らの受湯権の取得が認められるかどうかについて判断する。

1  既に判断したとおり、温水会は、事務管理による自らの行為として原告らとの間で受湯権の設定及び更新を行っているのであるから、代理規定の適用の余地はない。

2  民法九四条二項の類推適用についても、前記看板や会則の内容は温水会が自らの行為として真実行っているものであって、虚偽ではないから適用の余地はない。

三 結局、被告が自ら管理を行うとして、温水会が事務管理を終了し、被告と温水会との間で、温水会が取得した金銭や物を被告に引き渡し、温水会が支出した費用を被告が支払う等の清算を行って、被告は原告らの受湯権を引き継いで負担することになり、この段階で原告らは被告に対して受湯権を取得することになる。事務管理終了前の段階においては、原告らは被告に対して受湯権を取得したとはいえないが、被告は、温水会が行った行為を事務管理終了によって引き継ぐのであるから、終了による清算が行われていない段階で、被告が原告らに対して、温泉使用の禁止や温泉供給設備からの配管切断を請求できるとすると、被告と事務管理者である温水会との間での終了による清算が困難になるから、そのような請求はできないと解される。

また、既に認定したとおり、温泉供給の配管は、温水会が費用を負担して取り替えたものであるから、現段階では温水会の所有であり、個々の原告への受湯管は各原告らの所有であるから、その点でも被告の請求は理由がない。

四  被告は、原告らが温水会から受湯権の設定及び更新代金の返還を受けているから、受湯権は既に消滅している旨主張する。しかし、証人細島美佐男の証言によれば、被告との紛争が発生してから、温水会は代金を各受湯権者に返還することにし、原告らにも返還したが、入会金は返還していないし、温泉使用料の徴収も続けていることが認められるから、原告らの受湯権が消滅したとはいえない。

したがって、被告が、原告らの意思に反して受湯管の制水弁を閉じ温泉の供給を停止したことは、原告らに対する不法行為になる。

五  原告らの損害額について判断する。

1  〈証拠略〉によれば、原告山田、原告船橋及び原告浅井は、温泉を浴用及び飲用として利用しており、他の水は飲用に適しないことが認められるから、温泉の供給を停止させられたことにより、生活に大きな影響が生じたことは明らかであり、停止させられた期間を考慮すると、損害額は一人について一二万円とするのが相当である。

2  〈証拠略〉によれば、原告健司及び原告正彦は、温泉を客のための浴用として利用していたことが認められるから、温泉の供給を停止させられたことにより営業に支障が生じたことは明らかであり、停止させられた期間を考慮すると、損害額は一人について一五万円とするのが相当である。

六  よって、原告らの本訴請求は、原告山田、原告船橋及び原告浅井が各一二万円、原告健司及び原告正彦が各一五万円並びにこれらに対する遅延損害金の支払いを求める限度において理由があり、被告の請求はいずれも理由がない。

(裁判官永野圧彦)

別紙〈省略〉

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